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Ladies and Gentlemen dream
終わりの見えないぼくらの象徴
俺はナマエ。去年入隊したばかりの新米騎士だ。

俺は秋丸を最初に見たとき、胸がどきどきしたものだ。
大げさではなく、新米騎士の半分は彼に恋をしたと思う。


俺も例外ではなく、彼に憧れその笑顔に胸を振るわせた。
彼に認めてもらいたくて、できる限りの努力をした。
その甲斐あってか、すぐ昇進し秋丸の身近に置かれることが増え、
半年前には愛を囁かれ、恋が成就した喜びで涙まで出たのは自分でも驚いた。
このまま二人で歩んでいくのだ…と俺は信じていた。
それが俺の独りよがりだとわかったのが半月前。
結局、俺はかぐわしい花に群がる羽虫の一匹でしかなかったのだ。




「よっ!」
「今夜の見張りはお前か、滝丸」
「残りは雪丸と月丸、雷丸だ。よろしくな」
「了解した」
「…相変わらず、おたくの組員は麗しいねぇ」


月丸は呆れたような笑いを浮かべ、肩をすくめた。


夜間の村を張る夜警の要である。
月丸は予備組から一緒だったので、組が違っても親しくさせてもらっている。


「なにかあったら言えよ?」
「うん。頼りにしてるよ」


苦笑する俺に軽く手を上げ、月丸は机に向かった。
秋丸とのことを話したことはないが、きっと噂で聞いたのだろう。
書類を見るふりをしながら、こみ上げてくる感情を抑えこむ。
月丸の優しさに縋りそうになる。

でも…こんなくだらないことで、一生ものになるだろう友人を無くしたくはない。


今夜も特に異常なく、深夜の静寂に城は包まれていた。
眠気覚ましの濃いお茶を淹れ、しょぼつく目頭を揉んでみる。
さすがに仮眠しないとだめか。
しかし、仮眠室には総長がいらっしゃるから行きたくない。
襲われるとかではない。
もちろん襲うわけでもない。
花に群がる蝶たちがうっとうしいだけだ。
仮眠室は仮眠する奴だけ行け。
睡眠不足でいざというとき動けるのか…と、それは俺も同じか。


心の中で毒を吐きまくり、怒りで眠気を振り払おうと試みるがあまり効果が無い。
月丸に眠気覚ましの魔道でもかけてもらおうかと第3隊の方を伺えば、
気がついたのか、ちょいちょいと手を振って俺を呼んでいた。
結界術式を見るために床に直接座っていた月丸は、自分がもたれていたクッションをぽんぽんと叩いた。
床は毛足の長い絨毯。

「仮眠室いっぱいなんだろ?ここで寝ろよ」
「いいのか?」
「滝丸もこっち側で寝てるぞ」


反対側を見れば、滝丸が毛布に包まって眠ってた。


騎士服の上着だけ脱いで、俺は月丸の隣で横たわった。
絨毯だけでも柔らかく心地よいのに、クッションは上等の羽毛。
ふわふわと包み込まれるように頭を落とせば、すぐに睡魔がやってきた。


「…交代時間になった…ら、起こして…」
「わかった」

さらりと頭をなでられた。
その手から癒しの波動を感じる。
優しい月丸。
その優しさに甘える自分は、あの男を責められない。
結局、人間は楽なほうに流れてしまう。
月丸の手に癒されながらも流されることに抗う俺はさぞや滑稽だろう。
どうしようもない自己嫌悪をそのままに、俺は眠りに落ちていった。


恋愛は戦と似ていると思う。
愛する人をどうやって手に入れるか。
知略・謀略・小細工・直球、あらゆることをして戦う。
勝利することもあれば、敗れることもあるだろう。
属国になったり、同盟国になったり、そのまま消えてしまうこともある。
相手を手に入れることは、そのまま自分のものにすること。
自分の所有物なのだと宣言すること。

で、常時戦時中な方もいらっしゃるわけですよ。
ええ、もちろん、秋丸。
あの美貌で男の巣窟に投げ込まれたら、ひとたまりも無いと思う。
正直、気の毒だなとも思う。恋愛観も崩壊して当たり前だ。
それでも、常識から外れている状況を悲観せず楽しんでしまう総長は
やっぱりその美貌に見合った図太さを持っていたんだろう。

騎士になりたての俺なんて、抗戦虚しく…いや自ら降伏して総長に征服された。
でも、この戦いは秋丸が俺を所有した戦いであって、
俺が彼を所有した証ではなかった。


あの夜。


想いが通じ合い、それなりの段階を踏んで同衾まで済んだとはいえ、お互い実務部隊の騎士。
毎日訓練や仕事や雑務に駆り出され、二人きりで会うことも滅多にできない状況だったが
時間があればお互いの部屋に行き来していた。
久々に仕事が早く終わった俺はひとめだけでも会いたくて、食事もそこそこに今日が非番の総長の宿舎に向かった。

まだ宵の口とはいえ、宿は静かだった。
俺がここを使う日が来るだろうか…そう思いながら、静かな宿舎の階段を上がっていった。
秋丸の部屋がある階に来て、廊下の灯りが消されていることに気がついた。
星明りでまったく見えないわけではないので、不思議に思いつつも、秋丸の部屋を目指した。
もしかしたら、外出中なのかもしれない。
無駄足だったかと思いだしたとき、声が聞こえた。

真っ暗な廊下に響くのは、間違いなく秋丸の声だ。

秋丸の私室に着くと、扉が少し開いていた。
灯りも無く真っ暗な中で、寝室にもなっている続き部屋の扉の下から灯りがこぼれていた。

声はそこから聞こえてきた。

そして、その声は秋丸だけのものではなく…。

ふいに開いた扉。
その奥にある寝台に秋丸がいた。
髪を振り乱し、誰かのものを口に、背後から誰かに貫かれる姿。
あまりにも妖艶で淫らで目が逸らせなかった。


「かわいい小猫ちゃんだな」


扉を開けた誰かが笑ったのは覚えている。
俺に気がついた秋丸が、目を見張りながらも微笑んだことも。

それで気がついた。
俺は恋人なんかじゃなかったことを。



「ナマエ。起きて。時間だよ」




月丸の手が俺の頬をなでる。
手足を少しずつ動かし起き上がり、血をめぐらせながら伸びをした。


「…ん…ありがとう、月丸…」


窓の外を見れば、まだ夜明け前。
ぼんやりする頭を振りながら、上着を羽織る。
嫌な夢見ちゃったなぁ。


「ほら、茶を飲め。その前に顎を上げろ、首のところを先に留めるから」


カップを受け取ると、月丸が俺の騎士服のボタンを留めていく。
予備隊の頃から寝起きの悪い俺の世話は月丸だった。


「まるで夫婦みたいだね」


すでに起きていた滝丸がからかうように言う。


「だめな旦那でいつも申し訳ない」
「お前、そんなんで旦那とかありえねぇ!」
「うちの嫁はよくできた嫁なんですよ」
「月丸が嫁って!!もっとありえねぇ!!」


俺のからかい返しに滝丸はげらげら笑った。
月丸も呆れたように苦笑し、最後のボタンを留め終える。
お茶を飲み終えた俺は、見張り交代の申し送りをするべく待機室を後にした。


「遅い!」


着いたとたん、秋丸に怒鳴られた。
慌てて頭を下げ謝った。
時間、間違ってないよな?
どうやら仮眠できなかったようだ。
機嫌が悪そう。
外周・内周を秋丸と二人で警邏することを考えると憂鬱になる。
そもそも、組の長が警邏とかしないだろ。

詰め所に4名残し、あとの16名が時間をずらして警邏に出る。
夜明けまで、まだ少し時間があるこの時間帯は冷える。
騎士服は防寒に優れているが、吐く息は白い。

話すことも無く、ただ黙々と警邏。
秋丸が妙にぴりぴりしているので居心地はよくないが、
絡まれるよりはましかもしれない。
そこここの陰を目を凝らして見ていく

「ナマエ」


星を見上げていた俺に、秋丸が声をかけてきた。


「なんでしょうか、秋丸」


振り返ると、秋丸は怒ったような顔をしている。


「まだ怒ってるのか」
「…何のことでしょう?」


ギリと歯を食いしばる音が聞こえた。


「あれは…ちょっとした遊びのようなもので…みんな割り切った関係で、本気じゃない」


吐き出すような声だった。


「…本気なのはお前だけだ…許してくれ」


秋丸が頭を下げた。


「ナマエ…愛してるんだ」


愛されているのを前提にしている謝罪。
許されて当然だと思っている傲慢さ。
ひどい男だとわかっているのに、そんな言葉ひとつに歓喜している。
俺は何も言わずに秋丸を見つめ続けた。


「ナマエ…」


音も無く距離を詰めそっと触れてきた手に、体がびくりと反応してしまう。
それに気を良くしたのか、強引に抱きしめられた。
慌てて逃げようとしたが、鍛えた年月の違いか、体格ゆえか、動くことができない。
癖のある甘い香り。耳元にかかる秋丸の吐息。
なにもかもが俺の心を揺さぶり続ける。


「や…めて…ください、秋丸…」
「いやだ」
「勤務中です。離してください…」
「許してくれるかい?ナマエ」


答える前に口をふさがれた。
優しく、ゆっくりと、包み込むような。
けれどなにもかもを奪い尽くしていくキス。


「あ…だめです。そうちょ…あぅ…」
「だめじゃない。ああ…久しぶりのナマエだ」


背中に回された手がゆっくりと上着の裾から入ってくる。
まさぐられるたびに体が震えた。


「本当に…だめなんです…秋丸…」
「ナマエ?」


切羽詰った声に驚いたのか、秋丸が俺の顔を覗き込んでくる。
夜明けの光がうっすらとあたりを明るくして、さっきよりも秋丸の顔がはっきり見えた。


「ナマエ!どうした?真っ青だ」
「は…離してください…」
「いや、しかし…」
「離してください!!」
俺の叫び声に秋丸が一歩下がった。
そういえば、秋丸を怒鳴りつけるなんて初めてかもしれない。


「ナマエ…」


「すみません…しばらくすれば、治まります」
「ナマエ、どこか具合が悪いのか?」
「大丈夫です。もう時間もありませんから、先に詰め所に戻ってくださいませんか?」
「お前を置いてはいけない」
「仕事が優先です」
「僕にとってはお前のほうが大事だ」


そう言い、椅子の脇に膝をつき、俺の頬を撫でた。
恋人同士なら、その甘さにうっとりする場面だろう…けれど…。


「…触らないでください…!」


俺は顔を背け、椅子の上を移動してその手から逃げる。
秋丸は逃がさないと言う様に、頬を包もうとする。


「ナマエ?いったいどうしたんだ?」


椅子の端に追い詰められた俺は、もう限界だった。


「いやだっ…触らないで!!」


まるで子供のように体を丸め、手を差し出す秋丸を拒絶する。
ただ放っておいてくれればいいだけなのに。
なぜこの人は、こんなにも俺を揺さぶるんだ。
どうして、俺はこの人が好きなんだ。

もういやだいやだいやだ…!!


「ナマエ」


ふたりだけだと思っていた東屋に、俺を呼ぶ声が聞こえた。
顔を上げると、騎士のローブを着た月丸がいた。
月丸は秋丸を押し退け、片膝をつき俺の頭を撫でた。


「…月丸?」
「ああ、俺だ。大丈夫か?」
「…月丸…俺…俺…」
「…わかってる。大丈夫だから、もう泣くな」
「え?」


頬に触れて、泣いていることに気がついた。
泣いている自分にさらに涙が出てきた。
泣けるほど好きなのに。
どうして俺は…!


「ナマエ!いったいこれはどういうことなんだ?」


秋丸がいらただしげに声をあげた。
見ると壮絶な美貌は苦しげにゆがんでいる。
それでも美しいなんて、あんまりだ。
とまらなくなった俺の涙を月丸がローブの袖でぬぐっている。


「彼を責める権利はあんたにはないよ」


月丸が冷たい目で秋丸を睨んだ。
秋丸の視線も尖っている。


「権利?僕はナマエの恋人なのに?」
「元恋人だろ」
「なっ!!」
「秋丸の気まぐれに、もうナマエを巻き込まないでくれませんか」
「余計なお世話だ!ナマエ!!こっちに来い!」


秋丸がその手を差し出してくる。
その手をとりたい。つかみたい。抱きしめて欲しい。だけど…。
俺は目を閉じた。涙がぼろぼろとこぼれる。
この俺がこんなに泣くなんて。


「秋丸…すみません…。俺は…いけない」
「な…なぜだ?ナマエ」
「…だめなんです」
「あれから遊びは止めた。ナマエだけでいい。戻ってきてくれ」
「無理です」
「…もう僕を愛してないのか?」


ポツリとつぶやかれた言葉に、間を置かずに返す。


「愛してます」


俺の言葉に喜色を浮かべた秋丸がすごく愛しい。


「でも…一緒にはいられない…」


呆然とする秋丸にゆっくりと近寄っていく。
月丸がとめるのを手で制して、左手の袖のボタンをはずしていく。
歩きながら中のシャツもまくり手袋もはずし、左腕を晒す。
秋丸の目の前で足を止める。


「なぜだ?僕は君だけを愛してるし、君も僕を愛してると言った」
「はい。愛してます…でも…」


ゆっくりと秋丸の胸に体を預けていく。
そのまま秋丸も俺を抱きとめようと手をあげる。


「…ほら。見てください」


抱きしめられる一瞬前に俺は左腕を出す。


「これは…」
「すごいでしょう?トリハダ…」
「…」


言葉もなく俺の腕を見る秋丸から、一歩だけ離れた。
ぼんやりと俺を見る秋丸に、ぎこちなかったかもしれないけど笑いかけてみた。


「愛してます、秋丸。でも…あなたに触れられるとこうなっちゃうんです」


ぽたぽたと左腕に涙が落ちた。


「愛しているのに…許したいと思っているのに…あの時のことを思い出すと、だめなんです。
愛しているといいながら、他の人を…抱いたり…抱かれたりできるあなたを…許せない。
許したいと思っていても…体がいうことをきかないんです」


立ちすくむ秋丸。


「触れることもできない恋人なんてありえないでしょう?」


だから。


「さようなら、秋丸」





あれから何か変わったことがあったかといえば、特に無い。
相変わらず、秋丸はその美貌に蝶をまとわりつかせ、
「そろそろ平気かな?」と触れては俺の心を揺さぶり「まだだめか」と苦笑して去っていく。
月丸は「銀河組」の長に出世して忙しそうだ。

いつか俺は秋丸を許せるだろうか。
流されて月丸の手をとってしまうだろうか。

わかっている。
俺が一番ずるい。

それでも、俺はまだ動けないでいる。


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